結婚して、私は関東に引っ越しました。
病院をどうしたらいいかと思っていましたが、先生がリュープリンは3か月に1度のタイプがあるからそれにして、3か月ごとに実家に戻ってゆっくりしたら? と言って下さり、そうすることにしました。放射線治療の皮膚も落ち着いてきて、月~木の昼間のお得会員でスポーツジムに通うことにしました。
マシンはあまり好きではないので、もっぱらプールで30分歩き、1時間かけてクロールで1キロ泳いでいました。2年ほどは専業主婦でのんびりしていました。それでも3か月に一度、検査をして注射を受ける度に「再発していないか」という強烈な不安には襲われていましたが、リュープリンの副作用であるホットフラッシュなどはそんなに感じてはいませんでした。精神的に不安定なのはうつ病だからだし、と深く考えないようにしていました。
結婚3年目の頃、リーマンショックで夫がかなり減給され、ちょっと生活が厳しくなりました。がんの治療費はずっと親に出してもらっていましたが、交通費を夫が出してくれていたので、それが出せなくなるとのこと。それならだいぶ体もよくなっているし、働こうと思いました。ブランクが4年ほどあるので少し不安でした。さらには3か月ごとに数日は休むことになります。とりあえず、短期派遣の簡単な事務職を始めました。これは無理なく勤めることができました。
その後、知人に紹介してもらって小さなNPOでフルタイムのパートで働くことになりました。自宅から職場まで1時間の通勤です。仕事もパートとは言っても、小さな職場ですからいろいろな作業があります。プールもやめたせいか、だんだん肩こりがひどくなってきました。特に手術したほうの右手、右腕、首筋のこりがひどいのです。肩がこる、というより筋が痛くて、耐えがたいほどでした。この仕事を始めたのは冬でしたが、職場は古いビルのワンフロアで、光熱費節約のためにあまり暖房がきいておらず、寒くて寒くて仕方ありません。冷え切った体で満員電車に乗ると、嘘みたいにダラダラ汗をかき、それがまた冷え…という状態でした。
1日パソコンで作業していることが多く、目の疲れがひどくなってきまました。夜、ドライヤーで髪を乾かすと、まぶたが開かなくなってしまうのです。眼科にいくとドライアイということで、目薬をもらいました。この頃、味覚障害というのでしょうか、舌に異常を感じるようになりました。プレゼンをするときなどに緊張でカラカラに乾く、それからいつも口が苦いのです。味は普通に感じるのですが、だんだん緑茶などが飲みにくくなりました。定期的に通う歯医者さんで聞いてみましたが、抗うつ剤でのドライマウスではないかということでしたが、ここ何年も抗うつ剤でのドライマウスは感じていなかったので、不思議でした。
同じころ、右手親指から人差し指にかけて湿疹が出るようになりました。洗い物をするときにスポンジを握る部分ですが、ぶつぶつしてかゆい。皮膚科に行くと、主婦がよくなる手湿疹だろうが、抗がん剤の副作用ではないかと言われました。軽いステロイド剤をもらって対応していました。体調は乱気流のようでとにかく風邪をひきやすい。残業や休日のイベントで立ち仕事を1日したりすると、すぐに寝込んでしまうようなありさまでした。なんでこんなに疲れやすいのだろう…よくネットの広告で「45歳、私どうしちゃったんだろう…」というのを見かけますが、あんな感じでした。まだ30代後半なんだけれど、とにかく疲れて疲れてしかたがないのです。
家事は、掃除と洗濯は夫に手伝ってもらいつつ、食事だけはきちんと作るように心がけていましたが、もう不調だらけという感じでした。でも、歳をとるというのはこういうことかな…と思っていましたが、今思うとどれも更年期障害のような気がします。もちろん、もともとストレスに弱いというところもありますが、つらいものでした。
手術から4年目、UFTの服用を終わることになりました。4年間、一度も欠かさず朝晩飲んだ薬。これを飲まなくなったら、またがん細胞ができ始めるのだろうかという不安もありましたが、ひとつステップを越したという安堵がありました。
仕事を始めてから2キロぐらい太っていました。しかも、太り方が昔とは違って下腹にすべてが集中する感じです。立派な中年体型…炭水化物を減らしてみたりしましたが、解消できません。往復の通勤で40分ぐらいは歩くのですが、それぐらいでは太刀打ちできないようです。それから、だんだん乳房の形も変わってきました。健常な左は垂れてきましたし、手術をした右はどんどんしぼんでいくようです。手術直後は丸かった乳房もがんを取り除いたところがへこみ、左右の差はくっきり現れました。もともとCカップでしたが、もうどんなブラジャーをしたらいいのかわかりません。とりあえずCカップのブラジャーに右はパッドを入れていますが、ぴったりしたニットなどを着ると左右の差は歴然です。おなかがぽっこりしてきたこともあって、だんだんゆったりしたチュニックなどを着るようになりました。まあ、40歳が近付くとこんなもんかなと思っています。
ようやく5年になり、6月に最後のリュープリンを注射しました。半年に1回のチェックは必ず来るようにと念を押されました。
これまでお世話になった先生は、3年ほど前にK病院から独立され、新たに乳腺外科を開院されました。そこには全身のCTとマンモグラフィがあります。1年のうち1度は脳のCT、1度は内臓のCTを撮ります。これまでのところ、どちらも異常は見つかっていません。9か月経った3月に生理がきました。私としては6,7年ぶりの生理です。生理用品を買ってみて、使い心地がすごくよくなっていることにびっくりしました。それまでもきちんと避妊はしていましたが、変な言い方ですが実感が伴ってきました。子どもを持たないことを選択したわけですが、同年代の友人が駆け込み出産をしたり、なかなか心中穏やかだったわけではありません。
しかし、もう40歳となれば子どもができないのは当たり前だわ、と思うとそういう焦りや羨ましさというのもだんだん消えてきました。この頃、精神科の先生が漢方専門医を紹介して下さり、冷え症などの不調を漢方薬で対応することにしました。生理が戻ってきたといってもまだまだ不順だし、しばらくぶりなので来るたびに不調がひどいのです。のぼせることは少なくなってきましたが、冷えは相変わらずひどい。冬の職場では電気座布団、あんかを入れていますが、帰宅する頃には冷え切っている状態です。
漢方薬ではうつ病など心の不調に効くものと冷えを改善するものを合わせて飲むことになりました。だいたい1年ぐらい飲んでみて、だいぶ体調が良くなってきました。漢方薬の効能もあると思いますが、UFTが終わり、リュープリンが終わってだんだん体が普通になってきたからだと思います。ふと気がつけばドライアイがましになり、ドライマウスは気にならなくなってきました。手の湿疹も就寝前のハンドクリームを欠かさずつけることを実践したこともあり、出なくなりました。仕事にも慣れたこともあり、精神的な不調もずいぶん改善されました。ほんとうに、元気が出てきたのです。休日に出かけることも増え、お化粧など美容にもずいぶん関心が出るようになりました。やっと自分の体をちやほやしてもいいのかな、と思い始めています。
乳がんの手術をしてから7年目に入りました。今のところ再発も転移も見つかってはいません。けれど、途中で舌がんの疑いが出てきて検査をしたり、子宮体がんの検査をしたりしました。その度にあのいやな、独特な不安に襲われます。一度できてしまったがん細胞は、体のどこかをめぐっているという恐怖はあります。それもここまで来たら付き合っていくしかない、と思えるようになりました。もう無傷な健康ではないのだから、気をつけていくしかない。苦痛や不調は、できるだけ向き合ってやわらげる方法をどんどん試していく。私は5年間みっちりと治療をしたわけですが、その間にどんどん自分も歳をとって変化していきます。「これをやれば元のように元気になる」ではなくて、それ相応の変化はしていくということを実感しています。
私の乳がんは乳房の形が変わるというだけでなく、子宮や卵巣も巻き込んでの治療だったので、女性としてつらい部分も多々ありましたが、運よく伴侶と出会うこともできましたし、恵まれていると思います。夫とは先の人生の話をすることもありますが、たぶん私が先に行くからね、よろしくと言っています。それまではちゃんと生きることを努力しようと思っています。